走る理由
4時前に起き、今日は気持ちよく走れるかなと思ったら、あいにくの雨。
少し経てば止むかと思い、NewsPicksの新着記事を漁ったり、ウイークリー落合のアーカイブを追ったり、youtube大学のフェルマーの定理の回を見て、数学やりたくなったり。
私は意識高い系ではなく、そうしないと落ち着かない。
今、私の走る理由は、サブスリーのためではありません。
ブログを書くのも、絵を描くのも、走るのも、自分でコントロールできる、身体的表現を形にしたいからです。
自分の身体だけでできるのがアートの良いところで、上手じゃなくても、遅くても、誰でもできる。
コロナで人々のマインドが変わり、ビジネスを変えていかなければ、残れない。
これは経営者だけでなく、サラリーマンも同じ。
今、リストラされたら再就職なんてほとんど無理。
これだけ世の中がリセットされると、誰でもチャンスあって、言い換えれば、めちゃくちゃ考え抜いて行動できる5%以外は振るい落とされる。
コロナ騒動は最低2年は続くとなると、早くベーシックインカムを導入すべきだと思うくらいです。
たくさんビジネス系の知識をインプットして、新しい取り組みでアウトプットを作っても、先が見えないからストレスが溜まります。やりたいことでしか、本当に届く価値は生み出せないと思いますが、やりたくないことも、やるしかありません。
そんな中、走る時だけは、自分しかない、すべてコントロールできる唯一の時間。
ハッハッと心地よく弾む呼吸と、タッタッと刻む足音だけの世界は、至福の瞑想タイムです。
足音も呼吸も消える、ただ気持ちよく体が移動している瞬間に入りたくて、前より、純粋に、走りたい。
でも、自粛警察、マスクしていないと非国民、集団ヒステリーでいつ誰に責められるか分からない。
マスクなんてほとんど意味ないとしても、「他の人にうつして、医療崩壊させるつもりか」と言われる。
ただ、自由になりたいだけなのに、あんなにお散歩の人がいたら、避けても避けても、普段は人がいないところに行っても、誰かに遭遇して気を揉む。
ストレスを発散したいのに、ストレスが溜まって、自分だけの世界に入れない。
7時に子供達が起きてきて、朝ごはんを出して、ドアを開ける。
まだ雨は降っていて、今日はびしょ濡れだな、
と、走り出す。
最近暑くなってきたので、雨がとても心地よい。
肩にポツポツと落ちる音、車が雨水の上を走る時の、シャーって音しか聞こえない。
そうか、雨だと、お散歩の人はいないんだ。
涼しくて、人が少なくて、給水もいらない。
雨は、濡れるくらいしかデメリットはありません。
マスクなんて気にせず、90分18キロジョグをすごく楽しめました。
5人にしか遭遇せず、しかも3人は、こんな雨の中、一生懸命走る小学生5年くらいの男子、すごく綺麗なフォームでキロ4以下でジョグをする高校生男子、大きなストライドでこちらも早い中学生女子。
あとの2人は畑を見にきていたおばあさん。
雨の日だから出会えた3人に、「同士よ」と、勝手な親近感を覚えてとても嬉しくなり、ペースが上がりました。
インターバルの途中、何度も呼吸を止めなければいけなかった前回とは、大違いです。
コロナで走る人が増えたのは、正直迷惑です。
歩道を歩いていて、子供にハアハアと息を吹きかけられると、気になります。
月300キロ以上に走っている私は、その人たちより、確実に多くの人に迷惑だと思われていことを、自覚しています。
ただ、どうしても走りたいのです。
だから、人に気を使わなくていい雨が、毎日続けば良いなと思いました。
それは無理なので、4時くらいに走るとしますが。
#雨だ、走ろう!
ランナーなら、共感してもらえるかな……